遊牧民とシャーマニズム

モンゴル国の主な宗教はチベット仏教です。

紀元前2世紀に仏教がモンゴルに伝来し、現在に至るまで広く信仰されています。

モンゴル国内には仏教寺院が点在し、遊牧民の移動式住居であるゲルの正面奥には、チベット仏教の仏壇が置かれ、モンゴルの至る所でチベット仏教の文様を目にします。

しかし、仏教が浸透するずっと昔からモンゴルの遊牧民の間で広く信仰されていたのは、シャーマニズムです。

今回は、そんな遊牧民の暮らしとシャーマニズムについてお話したいと思います。

 

シャーマニズムって?

シャーマニズムとは、「トランス という特殊な心的状態において、神や霊的な存在と接触や交渉をなし、占い・予言・治病・祭儀などを行うシャーマンを中心とする宗教現象」のことを言うそうです。

シャーマンは、天地・自然・祖霊が人々に加護を与えると考えていて、自分の持つ霊能力を駆使して、病人や様々な心身ならびに家産や人間関係の悩みを抱えた人や宇宙の問題を解消してくれます。

モンゴルではこのシャーマンの役割を持つ人は「ボー」と呼ばれます。

ボーは、一般に二十歳ぐらいになると、突然意識を失ったり、神からの声が聞こえるようになったりし、神からボーになりなさいと「召命」を受けるそうです。それから先輩のボーについて修行をし、新しい世代のボーとして活動するそうです。

モンゴルのシャーマニズムは白(善)と黒(悪)の2つのスタイルに分かれていて、白は悪霊を払ったり、病人を治療する祈祷師的な役割に対し、黒の方は呪いをかけたりする呪術師的な役割です。

古くから世界各国の様々な地域でこのシャーマニズムや土着信仰が見られますが、特に自然と密接に暮らす遊牧民族の間で当たり前のように広く信仰されてきました。

遊牧民たちは絶対的な自然の力に支配されて生きていくことが運命づけられているため、天や自然の精霊と交流できるシャーマンという存在は、とても敬われていたのです。

地理的に遠く離れた北方のトナカイ遊牧民のサーミやアメリカのネイティブアメリカンに信仰されていたシャーマニズムの宗教的儀式も、モンゴルで見られるシャーマニズムの儀式に似ている部分が多くあるそうです。


天上神<テングリ>って?

モンゴルの遊牧民の間には、古くから「テングリ」 と呼ばれる概念があります。テングリは男性神であり、女性神である大地に対応するそうです。

テングリは、「天上世界」「天上神」「運命神」「創造神」などを意味していて、自然崇拝や土着信仰のシャーマニズムとも深く結びついていると言えます。

また、テングリのこの概念には、シャーマニズムと同じように、宇宙を天上界・地上界・地下界の三つの世界に分けて考える「宇宙三界」があります。

もともと、このような概念がモンゴルの遊牧民の間に存在していたからこそ、同じように自然崇拝や宇宙三界観と密接に関係するシャーマニズム文化も発展し、人々に広く受け入れられたのでしょう。

今現在でもモンゴルで社会的に尊敬される人物が亡くなると、「Tengri-düγarba (意味:天上界に昇った)」 や「 Tengri bolba (天神)」と言うそうです。

また、以前のブログ記事でも紹介しましたが、モンゴル人は天上神の存在を意識していることから、天と人を結ぶ頭を神聖な部分だと考え、その神聖な部分である頭に載せる帽子も大切に扱う習慣があります。

モンゴルの人々の日常には天上の世界を意識している習慣が溢れていると言えます。

シャーマニズムと仏教

モンゴルでは、チベット仏教と古来から続くシャーマニズムが、ときに対立や敵対しながらも互いに混じり合い、信仰され続けてきました。

シャーマニズムは、かつては仏教勢力やソ連影響下の社会主義勢力によって幾度も弾圧を受けていましたが、モンゴル人(特に遊牧民族)の自然崇拝と密接に関係しながら発展してきました。シャーマニズムはモンゴル文化や習慣に大きな影響を及ぼし、今現在の人々の暮らしや考え方にも深く根付いています。

シャーマニズム儀礼の一部が、モンゴルの仏教にも吸収されたり、互いに混ざり合っている事実も、とても興味深いです。

例として、モンゴル国内の平原や峠のような高所にでよく目にする「オボ」があります。

オボは、木や石を組み合わせてつくられた塔で、天と地をつなぐ柱を意味しています。

「天と地の間に人間があり、中央を柱が貫いている」という世界観は世界各地のシャーマニズムにも見られます。

オボはおもにチベット仏教の祭礼が行われる場所でありますが、同時にテングリやシャーマニズムのような宗教的意味も示します。

このように、チベット仏教は、古くからその土地に存在する自然崇拝やシャーマニズム的な要素を取り入れたり、互いに混ざり合うことによって、うまく折り合いを付けてきました。

現在、多くのモンゴル人やモンゴル遊牧民はチベット仏教を信仰しているため、日々の生活の中でシャーマンに頼る人は少なく、都会で生活を送るモンゴル人の中にはシャーマンというと怖いイメージを持ってしまう人もいるようですが、シャーマニズム的な考えからくる自然崇拝やテングリと言う概念は、今現在でもモンゴルの人々の習慣や考え方に強く結びついているのです。

また、地方に生きる遊牧民たちはシャーマニズムの文化を通して、常に日々の生活の中で霊的存在を意識し、「自分達の暮らす土地が祖先や自然の力によって守られていて、自分たちもまた次の世代のために土地を守り続けまければならない」という意識を高めてきたと言えるでしょう。

 

まとめ:

モンゴルのシャーマニズム、いかがでしたか?

日本で言うと、邪馬台国の卑弥呼やイタコさんも、俗に言うシャーマンですね。

また、日本では太陽を「お天道さま」と行ったり、太陽が神格化された「天照大神」などが存在しますよね。

また、「天に召される」と言う表現もあることから、やはり昔から人間は「天空」や「天体」を神格化したり、天やよってもたらされる様々な自然現象を神によるものと考えていたことがわかります。

近年では、チベット仏教の浸透でシャーマニズムの文化は廃れつつある部分もあるかもしれませんが、遊牧民が古くから持っていた自然への感謝の気持ちや自然と共存する謙虚な生き方はこれからも消えずに残り続けて欲しいと思いました。